「ママ」

 

 

精神科の夢を見る時、たいてい、気づいたら精神科の椅子に座っていて、先生に「原因は思い当たりますか」と聞かれているところです。

 

ママが横から、「人間関係がうまくいかなくて、学校の」と答える。よく分からないけど、それはその通りだったので、「ねっ」と言われるがまま、「うん」と返事をしました。

 

左腕をめくられて、茶色くなった線のあとに、看護師さんが一瞬目をやる。血が抜かれるのを、黙って見ている。

 

実のなる木を描くテストです。ペラペラの、A4の紙が手渡されます。鉛筆を握って、木を描きました。木、りんごのような実、その他にも、なんでも描いていいみたいだったから、それから、人間と、家を描いた。

 

「ずいぶんたくさん人と実を描くね」と言われた。「数が適当じゃなくて、数えながら描いているけど、意味はあるの?」と聞かれました。実際、数は数えながら描きました。りんごの数が、人間の数の倍数になるように。行き渡るように。「仲間はずれは好きではないので」と言ったら、「それはあなたの体験に基づくもの?」と聞かれたので、笑って誤魔化しました。

 

私の心理テストや、描いた木から見ると、私は、すごく幼い、らしい。

何も知らない、無知ということではなく、精神が幼い、らしい。のに、人に迷惑をかけまいとする節が強く、バランスが取れてない、と。幼い子供のくせに、甘えることを知らないらしい。私にはよくわからないけど。

 

 

おかあさん、と呼んだところで返事をするのは中年の女の子でした。私が欲しかったのはお母さん、親、大人だったのだけど、どうもそうではないらしい。

 

〇〇ちゃん、ママと遊ぼうよ

〇〇ちゃん、ママつまんない

 

言われるたびに、はいはい、とママのところに行って、遊んであげたり、ハグしてあげたり、褒めてあげたりする。どちらがママかわかんないですね。

 

私は、もう子供ではありません。もう19歳です。19年も生きたことに、びっくりしています。夜の22時を過ぎても、アイソトープラウンジに居座ることができます。お酒は飲めないけど、キャバクラでも、風俗でだって働けるし、深夜も働けるし、補導されることもない。もう20歳までカウントダウンは始まっているし、私は、もう子供ではありません。私は、もう子供ではありません。自立は、程遠い。子供ではないのに。

 

「あんたはいつまでたっても子供気取り」と言われました。

 

小さい時、お泊まりも禁止で、アニメやお笑い番組も禁止で、ママの精神的な面倒は、私が見ていた。ママがつまんないと言えば遊んであげたし、ママの頭を撫でたり、ハグをしたり、ママの機嫌をとったり、そんなことばかりしていたから、まるで私がママのママみたい、と何回思ったか分からない。

 

ママもたぶん、アダルトチルドレンだった。ママのママ、つまり私のおばあちゃんは、ママのパパ、つまり私のおじいちゃんが転勤になった時、めちゃくちゃ遠い土地までついていくことにしたらしいんだけど、その時になぜかママだけ、もとの家に置いていったらしい。で、ママの兄弟は、ママ以外全員連れていったらしい。なんでママが置いていかれたのかはわかんない。ひとりだけ女の子だったから、かもしれない。ママは祖父母(つまり私のひいおばあちゃんとひいおじいちゃん)のところに置いていかれて、小さい時から家事をして、家のことを全部やって、やりながら学校に行って、お小遣いも貰えないから早くからバイトをして、ヨロヨロのおじいちゃんおばあちゃんの世話をしながら過ごした、と、こういうことらしい。

 

皮肉なことに、ママのママ、つまり私のおばあちゃんは今めちゃくちゃヨロヨロで、介護があとすこしで必要なレベルなのだけど、おばあちゃんが手塩にかけて、遠い土地に連れて行ってまで育てたママ以外の子供は、おばあちゃんのことをめちゃくちゃ邪険に扱っている。そんな中、ママはおばあちゃんのことを、兄弟の中で一番大事にしている。ママは、たぶん、嬉しいんだな。実のママに求められるのが。おばあちゃんは、まぁいい所もあるけど、怒鳴るし、ママにけっこう横暴だと思うんだけど、ママはたまにキレたりしながらも、ぜったいに言うことを聞いている。

 

私は、ママに「ママがいないと何もできないでしょ」と言われて頷くくらいには、何もできなかった。というより、ママは自立のためのことは、何も教えてはくれなかった。離れないようにしてるのか、過干渉の延長なのかは分からないけど。

 

ママは、めちゃくちゃ怒る。し、手が出る。とにかくほっとくということがない。けど、ママも歪んでたんだ、と、最近になって思う。過干渉なところとか、ママはママなりに、自分のママにされたことを考えたりしながら、私を育ててくれたんだろうけど、すこし行き過ぎていた、と思う。ママは、自分のママにめちゃくちゃほっとかれた分、私には異常なくらい干渉してくる。と、こういうことなんだ。多分。すっごく思うんだけど、性格の構成、人格の構成というのは、必ずつながっている。ルーツがあるのだよ。

 

昔は、ママは悪くない!私が悪い!と思っていてめちゃくちゃしんどくて、そのあと、いや、ママがしたことはおかしい!ママが悪い!となって、初めは楽だったんだけどめちゃくちゃしんどくなって、最終的に、ママは悪い、けど、私も悪い、というか私の方が悪い、って気持ちになった。人を殴ったり、精神的に傷つけるのは、やっぱり悪いことだ。でも、ママにも理由があったし、私を育ててくれたし、かわいがってくれた。その事実を、忘れてはならない。