世界でいちばん愛してる

 

回ってきたのは1件のツイート、2枚の自撮り。わたしはこれに一目惚れをした。

 

その人に会うべく、今日もわたしは足繁くライブハウスに通っている。

 

「りさ〜!ねえ会いたかったあ」

「るい〜〜〜」

「撮りますよー」

「ポーズどうする?」

「ハグがいい!」

パシャ、と音がしてシャッターが切られる。

「あ、これ、プレゼント!」

「えー!うそ、ありがとう!嬉しい!」

るいに渡すキラキラの女性向けブランドのプレゼント。ここで男オタと差をつける。

「マジでりさって、るいの癒しだから」

「お時間でーす」

「え待って話し足りない」

「大丈夫、もう1回来るから!」

「りさ、さすがすぎ!」

そんなこんなで物販時間が終わるまでループを繰り返し、今日も鍵閉め。本日もるいの最初と最後はわたしがいただきました。

 

そうです、わたしは女の子のアイドルにガチで恋してる女オタクです。

 

帰り道、電車に揺られながら考える。るい、きょうもかわいかったなー…。さすがって言ってくれた時の顔が特に。わたしのこと、頼りにしてくれてるんだろうなー…。ぜったい幸せにしたい。ていうかきのう、あしたなんの髪型がいい?って聞いてたからハーフツインってリプしたけどハーフツインだったじゃん!もしかして私信?あー触れそびれた!それに今日もあの曲でハートのレスくれたな。もう10回超えてるけど、さすがに固定レス?もしかしてわたしってオキニ?ていうかプレゼント、ジルのハンドクリームにしたけどありきたりだったかな。まあハンドクリームよく使うって言ってたし困りはしないよね。あーそれより、男だらけの現場にいるとやっぱ早番取らなきゃ。るいのかわいい顔が見れない!

 

正直、このグループの曲はそんなに好きじゃない。こんなぶりぶりのアイドルソングより、邦ロックのがよっぽどいい。だけどそんな曲を踊るるいは、世界でいちばんかわいい。

正直、この中でるいがいちばんかわいいと思うのに、るいがいちばんオタクが少ない。これは宇宙一の疑問。

正直、3000円のペンライト3本買うのバカらしかったしそれなら服とか欲しかったけど、るいが見つけてくれるから惜しまなくてよかったって思ってる。

 

「りさとハグするの好き!」

「ふふふ」

好きな人の前だから、特典会前の香水はちょっと多めに。ハグできるのは女オタの特権なのです。

 

ぶっちゃけ男オタより女オタのがキツいしぜったい着いて欲しくない。るいの女オタなんてわたしだけでいいし、なんならるいのオタはわたしだけで大丈夫です。

 

スマホ裏にチェキを挟むのはオタクのマストだよね。きょうもるんるんで、最新のチェキを挟んで大学に行ったら、友達が食いついてきた。

「誰これ、かわいー」

「でしょ!」

「アイドル?」

「そう、わたしの推し。いちばん大切な人」

話を聞き付けてほかのクラスメイトもやって来た。

「そういうの聞いたことある、ガチ恋ってやつ〜?」

ニヤニヤするクラスメイト。最近はオタクという言葉だけ独り歩きして、変な聞きかじりさんがいるから困る。

「そう」

「お金払って男に恋するなんて、ホストと一緒…って、女じゃん」

「そうだけど」

「え?ガチ恋ってファッション?」

「…は?」

ファッション、と言われた瞬間、頭に血が上って行くのを感じた。

「なんかたまにいるよね!女を好きな私、みたいな?そういう人!」

こんなに本気なのに。本気でるいのこと好きなのに。愛してるのに。そこらへんに転がってるちゃちいバイセクファッションと一緒にすんなよ。レズファッションと一緒にすんなよ。悔しい。悔しい悔しい悔しい。

「…りさ?」

「だったらなに」

「え?」

「だから女が女にガチ恋して何が悪いんだよっつってんだよ」

「ちょっと、りさ」

「いやだって、女同士ってなに。結婚できないよ?」

「だったら?」

「普通こういうのって、男のアイドル推すもんじゃないの?」

「だったら?」

「だってうちら、女なんだから」

「だったら?そんなの関係ない。ぜったいるいと結婚するって思いながら推してる」

「…なんか、キモいね。さすがオタク」

「怖…行こ」

「りさ…」

肩を掴む友人の体温を感じながら、チェキのるいと目が合った。

 

るいのチェキを握りしめる。サインの横に書かれたコメントが目に入った。

「るいのじまんのりさ!」

世界がきみのせいでわたしを邪険に扱っても、きみがわかってくれればいいよ。きみと世界を作っていたいよ。きみが世界の真ん中で、それを軸にして回す世界は、悪くないどころかとってもきらめいてる。恋してるからにはきみを思う日々を大切にしたいよ。るいのじまんのりさでいたいよ。この気持ちを誰にも傷つけられたくないよ。

 

(あ、もう4時半)

そろそろライブハウスに行こう。大丈夫。るいが待ってる。

「ごめん、わたし行くね」

「りさ」

「また明日。あとわたし、自分が悪かったって思ってないから。失礼なのはあっち」

わたしはそう吐き捨てると、踵を返してるいの元へ向かった。

 

「りさ!」

「るい〜〜〜」

泣きそうになりながらるいに縋り付く。

「どしたあ!なんかあったの?」

「うーん、ちょっと」

よしよしされたまま切られるシャッター。

「りさ、るいにはなんでも話してね」

チェキを受け取り、マッキーの蓋を開けながら、るいが言う。

「るいは、りさの前だと、いちばん素が出せるから」

はいガッツポーズ。まあるいのオタクでこんなに通って撮ってる人もわたし以外居ないしね。

「他に女の子のオタクいないしさ」

はい最高。ぜったいにこれからもできないでください。るい鍵垢にしてくんないかな。

「ライブにりさが居ないこと、ほんとに少ないけど。あるとさみしい。りさのこと好きだから」

ごめんね、たまに働く日作んなきゃお金が底を突くんですわ。でもるいの前では涼しい顔するよ。好きな子の前ではカッコつけたいタイプなんでね。

「すっごい元気出た」

「え?るいなにもしてなくない?」

笑いながらチェキにハートを書くるいの、笑った時の困り眉とか、唇の端の下にあるほくろとか、ぎゅううううううっと締め付けられた。こんなにかわいい子がわたしのこと、仕事だとしても好きって。もうそれは完全に恋で、冗談抜きに法律とかどうでもよくて絶対結婚したくて、この1分間が永遠になればいいのにって、出会ってから一生思ってることを今も思った。

「りさ、次いつ会える?」

「きまってんじゃん、来週のライブだよ。次のライブ!ほとんどいると思っていいから!」

「もう、りさほんとに頼もしい、だいすき〜!」

目を細めて言われるだいすきに一発ノックアウト。このだいすきが、わたしと同じだいすきならなあ。

 

るいと出会って、世界が本当に薔薇色だ。いや、るいのメンカラだ。るい色だ。もともと恋しちゃったらその人の色に染まるタイプだったけど、るいの場合物理的にしっかり色があるので、その色だ。

 

るいから次いつ会えるか聞いてくるの、なんだかすごく珍しいな。わたしにそんなに会いたいのかな自惚れてもいいかな。

 

そんな時、スマホの通知音が鳴った。ツイッターだった。ツイッターの通知を取ってるのは、公式とるいだけだ。

「大切なお知らせ」

この前、最年長がやめたばかりなのに不穏だなあ。やっぱアイドルって、年取ると辞めちゃうのかな。女の子は特に。まあるいは、最年少だから、

そう思いながら開いた画面には、

「るい 卒業のお知らせ」

と書いてあった。

 

「卒業?」

頭が真っ白になった。

 

頭を落ち着けるために文を声に出して読む。

「この度、当グループ所属の、るいから、卒業の申し入れがあったため、それを受理しましたことを、ご報告いたします…卒業ライブは、るい本人の希望により、1週間後の次回ライブとさせていただきます…」

待って。わたしもう、るいと会えないってこと?今回のライブ、るいと会えるラストチャンスの1個前だったってこと?

ありえない。ぜったいにありえない。だってまだわたし、るいとただのアイドルとオタクだもん。繋がれてないもん。会えなくなるなんてありえない。ありえない。

 

翌朝起きて、もう一度ツイッターを見ても、公式は相変わらずそのツイートをしたままだし、るいがそれをリツイートして、「急なお知らせでごめんなさい。会いに来てくれると嬉しいです。」と言っていた。

 

いや行くよ。行くけど。行くけどさ。行くけどさ!

 

るいとの思い出が走馬灯のように巡る。北は北海道から南は沖縄まで遠征したこと、何十個も積み重なって置いてあるチェキフォルダーの中のチェキ、ライブでわたしを見つけた時の笑顔。固定レス。はじめましての時のちょっとよそ行きの顔から、昨日の心からと思いたい笑顔まで。るいがわたしにくれたことば。渡したたくさんのプレゼント。ああもう、ほとんど全通してたから思い出なんてありすぎて、るいは大学の学食にいるってみんなが騒いでるイケメンの先輩みたいな、機会があって、行けば会えて、そのたびに胸がキュンとして、そんな存在だったのに。

 

なんだか何かを無理やり分からされるような気分だった。わたしとるいは、オタクとアイドル。

 

るいは、るいは、わたしにこんなにたくさん残して、全部抱えたら腕がちぎれそうになる量のチェキだって、わたしとの思い出だって、何よりわたしのこのるいへの愛してやまない恋の気持ちだって、全部残して、一般人になって、でもわたしとるいはオタクとアイドルだから、一般人になったるいとも結婚できなくて、ああもう、意味がわからない。

 

1週間って、馬鹿みたいに早かった。

 

「りさ…!」

「るい」

「ごめん、卒業のこと。心配させたくなくて」

だれかほかの、男オタクには言ったの?言ってないよね?

「いいよ。こういうのは、デリケートな問題って、わたしも思うし」

「今言うとね、りさはさ、間違いなくるいのいちばんのオキニだったよ。だいすき。アイドル、りさのおかげでたのしかった。ほんとうにありがとう」

「るい」

想いが込み上げて、止まらなくなって、

「わ、わたし、わたし、るいのこと好きだった。女同士の、友達としてみたいな感情じゃなくて、恋愛で、ガチ恋だった。結婚したいって思ってたし、どのオタクにも負けたくなかった」

「りさ」

「気持ち悪いかも知んないけど、わたしの初恋だったの」

「りさ」

「るい」

「嬉しいよ。ぜったい結婚しようね!…来世!るい、男に生まれ変わって迎えに行く!」

「…うん」

ぎゅっと強く手を握られたけど、不思議と涙は出なかった。

「幸せになってね」

誰と?

なんでわたしとじゃないんだろう。

るいに送った最後の言葉は、心にも無い言葉だった。

 

るい卒業おめでとう、と書かれたお花の写真を撮って、秋葉原を歩く。

 

帰り道、ふわふわした気持ちで電車に乗る。

 

最後まで、るいに、わたしの「好き」は伝わんなかったなあ。ぜったい最後まで、「ガチ恋」も、「初恋」も、ぜんぶ、冗談っていうか。オタクのノリっていうか。オタク特有の大袈裟な表現っていうか。そういうふうに、思われたんだろうなあ。ほんとに初恋だったのに。ほんとに結婚したかったのに。オキニとか超えて、ガチで繋がって、デートしたかったし、キスだって、その先だって、したかったよ。るいが男じゃなくたって、女同士でも。

 

 ふと手元のチェキを見る。最後の落書き。

「りさ♡るい ぜったい結婚しようなー!来世で待ってて!今までたくさんありがとう」

 

オタクは馬鹿だからさあ、信じることしかできないんだけどさあ、今世がよかったよ。るい、結婚してよ。アイドル辞めるならもう繋がりなんて関係ないじゃん。そばにいてよ。他の人に笑いかけないでよ。るいは今日、何人にこのコメントを書いたんだろう。わたしだけでいてほしい。だからぜったい、エゴサはしない。るいはわたしのもの。

 

最寄りに着いたら力が抜けて、しばらくへたり込んで泣いていた。通行人の目も気にせずに泣きじゃくり、もう一生立てない気すらした。るいの書く桜の花びらみたいな落書きのハートは、こぼれる涙にどんどん濡れて滲んでいった。